元人

 

ペットブームとかで最近は犬だの猫だのの待遇が大変良くなりましたな。

こないだ家に帰るってえと、テーブルの上に缶詰がありましてね
ひらめとか鯛とか牛肉とか書いてあるン。
お、こりゃあ、俺の晩酌用に買って置いてくれたのかな、
ってんで開けて食べたら怒られましたな。

「あんた、これみいちゃんに買ってきたのよ!」

ってんで。
キャットフードだったんですな。
それで200円は高いんじゃないかと思いますが。

 

犬ったって最近はおもちゃみたいな小さな犬が流行でして

どうかすると猫の方がでかい。
それに小さな服着せて、あれ、どういうわけですか

抱いて散歩させていますな。

「小さな犬は腰が弱いから運動させすぎないようにしてるのよ」

だったら家ん中においときゃよさそうなもんで。

ありゃ、見せびらかしてるんですなあ。

冷暖房完備の家の中で飼われて、栄養たっぷりのうまいもん食って

服着て医者にかかって…… 
どうかすると人間よりいい暮らししてるンで……

 

「ああっ!くそぉ 冷えやがんねえ 天気はいいんだよ、ね

だけどこういう日のほうが明け方は冷え込むんだ。
……冬が近ぇんだね、ダンボールハウスってのも夏はいいんだよ。

公園だし風通しはいいし、でも冬はいやだね。
寒いからね、また夜通し起きててお日様の出る昼でなきゃ寝られやしない。

今年の冬は越せるかね」

 

「おやあ、犬の散歩だ、ちっちぇえ犬だね。チワワってのかい? 

生意気に服を着てるよ。ツイードだね。
冬服だ。あー・ご主人とおそろいてえ奴か。高いんだよ、ああいうのは。

毛なんかピカピカ光ってやがら。
食い物がよくて手入れが良いてえやつだね。

さぞかし大事にされてるんだろうね…… 
あ、俺が見てんの気づきやがった。何だよ、抱いて向こうに行っちまった。

心配しなくても取って食やあしませんよ、と」

 

「あーあー、なんかやんなっちまったな。俺も犬になりてえなあ。
犬になって、ちょいと媚売って、あったかい寝床とうまい飯にありつきたいなあ。
あーっ、なりてえなりてえ、犬になりてえっ!!」

 

「お、そういや昔、犬が八幡様に願かけて人間になったって落語を聞いたことあるなあ。
この公園、奥に八幡様だかなんだか神社があったけど、あそこに願掛けてみようか」

 

時間はありますから、その日から三七、二十一日お参りをいたします。

「どうか、犬になって安穏な暮らしが出来ますように」
って、横着な願掛けもあったもんで。

 

その満願の日の朝
「うおぉ?今朝はまたあったかいねえ。ありがてえありがてえ。

こういう日もなくちゃたまらねえからな。さ、起きるか」

(枕元を探る、その手が犬の手になっているのに気づく)

(しげしげと前足を見る、次いで背中からしりのほうに視線を移す)

(尻尾が動くのを目で追う感じ)

「(嬉しそうに)……なってるよ、おい。へエー毛皮てえのはあったかいもんなんだねえ。

立ってみようかな? 
あ、駄目だ。足だけじゃ駄目だね、うん、四足がいいんだ、やっぱり。
おお、歩けるよ、おい。尻尾も動くね、妙な気分だな」

 

奴さん有頂天になってダンボールハウスの中ではしゃいでますてえと、
入り口からでかい大きな白い犬がのそりと入ってくるなり、

「おい!」

「わっ!犬が口をきいてる!」

「バカヤロウ、おめえだって犬じゃねえか、犬同士だから話が通じんだよ。
別に人間並みに言葉をしゃべっているわけじゃねえや。」

「あ、そうか。で、あんた何の用で?」

「おれぁな、白って言って、ここの八幡様のお使いをしているもんだ。
八幡様が言うにはな、たっての願いだから犬にはしたが

あのままじゃあすぐに保健所に捕まるか、 変質者に撲殺されるのが落ちだから

犬の暮らし方を教えてやってくれと、頼まれたってわけだ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、あたしは野良になる気はないんで。
ええ、どっかやさしい家に飼われて安楽に暮らしたいてえのが望みだったんで」

「甘いよ。」

「甘いですか?」

「そんなのは、血統書つきのいい犬の暮らしだ。

子犬ならまだしも、俺たちみたいな雑種の成犬はよっぽど幸運に恵まれなけりゃ

飼い犬になんかなれやしないよ」

「はあー、そうなんですか、ちぇっ、がっかりだ」

「まあ、そう捨てたもんでもないさ。慣れりゃあ、気楽なもんだ。さあ行くぞ」

 

なんてんで二頭連れ立って公園の中に出てきます。野良犬研修てえわけで。

晩秋のことで晴れ渡った空に紅葉真っ盛り

昼時ですから、たくさんの人が出ております。

「ちょっと、あそこを見てみろ。OLが二人、弁当広げてるだろ?」

「ああ、はいはい、なかなか可愛い子ですな」

「あの弁当を分けてもらおうぜ。ついといで」

 

(OL、弁当を食べているがふっと気づく)

「あら、可愛い白い犬!」

「大きな犬ねえ、私怖いわ」

「そんなこと無いわよ、ちゃんとお座りして尻尾振っているじゃない。

よしよし、何か欲しいの?」

「わん!」

「利巧ねえ、返事したわ。じゃ、このから揚げ上げるわね、ほら」

「わん!」

「わあ、食べた。かわいいわねえ。あら、後ろにもう一匹いるわよ」

「あらほんと。汚い犬ねえ、何色って言うの? 

茶だか黒だか灰色だかわかんないじゃない。

やせて貧相ねえ、上目遣いに人を見て、愛想も何も無いじゃない。

お前もおなか減ってんの?ん~と…じゃあー、これあげるわ、ブロッコリー。

あら、不満なの? 可愛くなーい!」

「何かうなってるわよ」

「気持ち悪いわね、行こう!」

 

「うーわんわんわん! いらねえや、馬鹿にしやがって!」

「おい、やめろ、人間に食いついたりしてみろ、保健所にやられて一巻の終わりだぞ。
大体おめえは了見が良くねえ。あっちだって大事な弁当だ。

それを分けてもらおうと思ったら愛嬌のひとつも振りまかなきゃ」

「そりゃ、愛想振りまきたくなる相手ならいいですがね

あんな事言われてまで、そんなことが出来るんなら人間やめませんよ」

「しょうがねえなあ。じゃあ、ゴミ箱漁りでもするか」

「え、その方が良いんで。人間だったときから得意でしたからね」


「 へっ、へっ、へっ、ここ、このゴミ箱はいつも良いもんが捨ててあるんですよ。と……」

(伸び上がるが、届かない。何度か試みるがやはり届かない)

「ああ、口惜しいなあ、あれ、天丼弁当ですよ。半分くらい捨ててあるん… 

見えるのに手が届かないって、え、白さんが出してくださる?

はあはあ、私よりでかいからゴミカゴのふちに手が届く、で、傾けて…

お、取った取った、うまいもんだね、これぁ」

「こらっ!!」

「わ、公園の管理人だ、逃げろ!」

「おんやあ、足が軽いね、また早いね、足が四本あるからなあ。

気持ちいいや、こりゃ。え、何?もういい?

ああ、ほんとだ、管理人あきらめたね」

 

それじゃってんで、拾った弁当を二匹で仲良く食いますな。

で、のどが渇いたってんで、蛇口の緩んだ水道探して、のども潤す。

すると入れれば出るてえのが物の順番になってまして。

 

「おうおう、どこ行くんでえ」

「え、ちょいとトイレ」

「犬の癖してトイレてえやつがあるかい。

そこらの草むらでしちまえばいいんだよ」

「いや、そんな、恥ずかしい」

「いいんだよ、犬なんだから。

ほら、そこの草むらにはいっちまや、見えやしないよ。背が低いんだから。

ちょうど立ち木があるから小便もしちまえ、ちゃんと足上げてするんだぞ」

「驚いたね、どうも。足を上げてかい、こうかな、お~気持ちが良いなあ。

あっ! 人が来た、まずい! あ、こっち見たよ、また嫌な顔されるのかなあ。

って、あらら…… 何でもないみたいに行っちまったね。

なるほど、おれあ犬になったんだなあ」

奴さん、妙なところで感心しております。

 

「おう、済んだかい。どうだい、気分は」

「せいせいしていいっすね。ねえ白さん、犬ってのはいいもんですな」

「そうかい?」

「だってねえ、好きなとこで寝て、好きなとこで出して。

ゴミ漁っても、変な目で見られたりしねえ。
夏冬の着るもんなんざいらねえ立派な毛皮が付いて回る。

頭下げたり気い使ったりもいらねえ。
人間だから惨めなんで、犬なら野宿も当たり前じゃないですか。

いいですよ、いい! 犬最高!! 」

 

「まあ、この稼業もそうそう楽じゃあないが…… そう思ってくれるんなら何よりだ。

俺も八幡様に顔が立つってもんだ。
いやあ、実は俺もな、人にしてもらったこともあるんだが、こう、

世の中が世知辛くなってくるとな、犬のほうが楽だよ。
犬が自殺したってえ話は聞かねえもんなあ。」

「まったくで」

「おやあ、お前さんのダンボールハウスを誰やら覗いてるよ。」

「あ、ありゃボランティアの人ですよ。ここらのホームレス見て回ってるんで。」

 

「本山さーん、いないんですかあ、モトさーん。

変だなあ、いつも出かける時持って出る紙袋が置きっぱなしだよ。

なにかあったのかなあ。あ、石原さん、本山さんがどこいったのか知りませんか?」

「今日は見てないよ。いないんかい? 変だなあ。

あ、トメさん、モトさん知らないかい」

「えー?昨夜はいたけどねえ、安さん、知ってっかい?」

「いんや」

「近ちゃんは?」

「さて?」

「ごろさんは?」

「さっぱり」

「何だよ誰も知らないのかよ」

「島さんなら隣だから知ってんじゃないか?」

 

「島さん、耳が遠いからなあ。(大声で)おーい、島さん!」

「ああ?」

「モトさん知らないかい?」

「おとさん? 親父はもう40年も前に逝っちまったなあ」

「お父さんじゃないよ! 隣のモトさん!」

「御成門は地下鉄で行くと近い」

「駅の名前じゃないよ、人のモトさん!」

「野本さんてのは知らねえなあ」

「野本じゃなくて、モト! 人の!」

「あ、モトさんか」

「今何処だい!」

「いやあ、今朝からいぬ。」


(終わり)

 

落画TOP